最新技術がメディアなどで取り上げられるとき、関連する特許について言及されることは良くあります。しかしながら、研究者やエンジニアの方であればともかく、多くの一般の方はあまり馴染みがないことも相まって特許に関連する情報を適切に理解することはなかなか難しいように思います。このような情報を評価するにあたって、特許制度について押さえておくべきポイントを挙げればキリがないのですが、例えば、どのような発明に権利が付与され得るのか、すなわち特許の登録要件を概要レベルで知っておくことはとても大事だと思います。
本記事では、最も基本的な特許の登録要件である新規性及び進歩性について解説します。なお、日本の特許法に基づいて説明しますが、米国その他の主要国においても若干の差異はあれども新規性及び進歩性と同一又は類似する登録要件が存在すると考えて良いです。
現役の弁理士むぎが解説します。
新規性を有する発明のみが、特許を受けることができる
新規性を有する発明のみが、特許を受けることができます(特許法29条1項)。
新規性を有する発明とは、その特許出願前に存在しない発明であること、すなわち、客観的に見て新しい発明であることを意味します。公知ではない(公然知られていない)発明とも言います。
新規性の判断ポイントは幾つかあります。
日本国内のみならず外国においても公知ではないことが求められます。従って、世界中のどこかしらで同一の発明が存在すると認められる場合には、特許を受けることができません。
特許出願前とは時・分も問題になります。従って、例えば特許出願の1分前であっても同一の発明が公表等により公知になったものと認められる場合には、特許を受けることができません。
ここで、公表等とは自らの公表等も含みます。従って、自らが特許出願前に論文を発表したり、プレスリリースをしたりすることで特許を受けることができなくなる場合があります(救済措置も一応ありますが、あくまでも例外です)。
特許庁の審査においては、特許出願前に存在する文献(特に先行する特許公報)に基づいて新規性の判断がなされることが殆どです。
なお、新規性を有することは必要条件であって十分条件ではありません。新規性に加えて、以下の進歩性を有することも求められます。
進歩性を有する発明のみが、特許を受けることができる
上記の新規性を有することを前提として、更に進歩性を有する発明のみが、特許を受けることができます(特許法29条2項)。
進歩性を有する発明とは、当業者が容易に想到できない(思い付かない)発明を意味します。
当業者とは、条文上「その発明の属する分野における通常の知識を有する者」と定義されています。特許出願された発明に関連する技術の専門家(エンジニアなど)と考えて良いです。AI関連の発明であれば、AI関連の専門家が当業者ということになります。
進歩性が特許の登録要件とされている趣旨は、当業者が容易に思い付くような発明に対して特許権という独占的権利を付与してしまうと、社会の技術の進歩に役立たないばかりでなくかえって妨げとなるからとされています。新規性は言わずもがなです。要は、誰もが利用できて然るべき発明を独占させてしまうと、開発などの自由度が下がり結果として技術が進歩しなくなってしまうので、これを防止したいということです。
進歩性の判断についても、特許庁の審査において、特許出願前に存在する文献(特に先行する特許公報)に基づくことが殆どです。例えば、特許庁の審査官は、この文献に記載されている発明と同一ではないけれども、この発明を参照すれば容易に思い付くよね、といった見解を審査結果として返してきます。ここで、進歩性の判断は一定の審査基準(特許庁が策定したガイドライン)に基づいて実施されているものの、何を以て容易に思い付くと言えるのかということに議論の余地が多々あります。進歩性を有することを適切なロジックに基づいて審査官を説得し、権利付与に至らせることが発明者の代理人である弁理士の腕の見せ所だったりします。
まとめ
最も基本的な特許の登録要件である新規性及び進歩性について解説しました。本記事を通じて、特許権が付与されている発明ということは、これまでに存在せず、かつ、容易には思い付かない発明と認定されているんだな、くらいの意識を持てていただければ幸いです。